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高松高等裁判所 昭和27年(う)534号 判決 1952年8月30日

控訴人 被告人 金在元

弁護人 河西善太郎

検察官 田中泰仁関与

主文

本件控訴を棄却する。

理由

弁護人河西善太郎の控訴趣意は別紙記載の通りである。

控訴趣意第一点について。

論旨は原審公判の冒頭において検察官の起訴状の朗読並に裁判官の被告人に対する所謂黙秘権の告知等の手続が行われた形跡がなく原審の訴訟手続には重大な違法があると主張する。しかし本件については昭和二十六年十一月二十日最高裁判所規則第十五号(昭和二十七年二月一日施行)による改正後の刑事訴訟規則が適用されるところ右改正後の刑事訴訟規則第四十四条によれば検察官の起訴状朗読、裁判官の被告人に対する黙秘権の告知等は公判調書の記載事項とされていないから、原審公判調書に起訴状を朗読したこと、黙秘権を告知したこと等の記載がないからといつて原審においてこれ等の手続が履践されなかつたものと見ることはできない。而して原審公判調書に徴するも右の各手続が行われなかつたことを窺うに足る記載(被告人又は弁護人よりの異議申立等)はなく、その他これ等の手続が行われなかつたことを認め得る資料が存在しないから、原審公判において起訴状朗読、黙秘権の告知等の手続が履践されなかつたものと認めることはできない。従て原審の訴訟手続に所論の如き違法は認められず、論旨は採用できない。

同第二点について。

論旨は原判決の認定は事実誤認であると主張する。しかし原判決の掲げる各証拠に徴すれば被告人が原判決認定の如く三回に亘り尾崎好子及び森下一から銅線合計約四貫八百匁を賍品であることの情を察知し乍ら買受けた事実を充分肯認することができ、原審の取調べた各証拠を検討し論旨の援用する事実を考慮に容れても原判決の認定が誤であるとは認められない。従て論旨は理由がない。

仍て本件控訴は理由がないから刑事訴訟法第三百九十六条により主文の通り判決する。

(裁判長判事 坂本徹章 判事 塩田宇三郎 判事 浮田茂男)

弁護人河西善太郎の控訴趣意

第一点原審公判に於ては其審理手続上に於て重大なる違法あるにより之れに基く原判決は破毀を免れずと思料す

(一)凡そ刑事被告事件の公判審理に当りては刑事訴訟法第二百九十一条によれば公判廷に於て検事は先ず事件の基本となるべき起訴状を朗読して法廷に事件の内容を顕出し、引続き裁判長は被告人に対し黙秘権に関する必要なる説示をなし弁護人被告人に被告事件に対する陳述をなすの機会を与うべきものなることは明白なるところとす

(二)而して原審第一回公判調書を見るに記録第十四丁以下に公判に出廷したる判検事弁護人を記載したる上同十五丁に於て「人定訊問に対する被告人の供述 氏名年令職業住所本籍地は起訴状の通り 被告事件に対する陳述 被告人 私は買受けたことはありません 弁護人 別に言うことはない旨述べた 証拠調 裁判官 別紙証拠調手続表の通り証拠調を採用した 次回期日昭和二十七年五月二十三日午前十時」云々と記載あるも公判の冒頭に於て検察官の起訴状の朗読並に裁判官の被告人に対する黙秘権等に関する説示をなしたる形迹なくその儘証拠調を採用し居れり

(三)新刑事訴訟法に於て公判の冒頭に於ける起訴状の朗読、裁判官の黙秘権等の説示は最も重要欠くべからざる重大事項にして此事実を省略して事件の審理をなすことは公判中心主義の現行法上許すべからざる違法なり

従つて此違法ある原審判決は当然破毀を免れざるものと思料す

第二点原審は重大なる事実の誤認あるにより之を破棄し被告人に対し無罪の判決あらんことを乞う

(一)原審に於ては被告人金在元が(1) 昭和二十七年二月下旬尾崎好子より銅線一貫三百匁を代金九百円にて(2) 同年三月中旬頃右尾崎好子より銅線一貫五百匁を代金千円にて(3) 其頃森下一より銅線二貫匁を代金千二百円にて何れも其賍物たるの情を知りながら買受けたるものなりとの犯罪事実を肯定し懲役四月罰金二千円の有罪判決を為したり

然れども被告人金在元は前記第一回公判の冒論陳述にある如く右三回に亘り銅線を買受けたる事実を否定し居るものなり

(二)原審は此点に付き、一、副検事の被告人第一回供述調書、二、原審証人尾崎好子、森下一の証言、三、副検事の森下一第二回供述書、四、警察員の吉岡清第一回供述書、五、長崎長子の被害届、六、前科調書を証拠として援用し有罪を認定し居るも此等の証拠によつては直ちに被告人の犯行を認むるに不十分なるのみならず仮りに被告人が買受の事実ありとするも其買受当時盗品たるの情を知り居りし点に付ては未だ確実ならず

(三)原審証人尾崎好子の証言によるも記録第三十丁の記載に、問 金在元は君達が持つて行つた銅線が君達が盗んだ品と言うことを知つていたか 答 誘蛾燈の線ならまだしも電話線であることを承知して居り又奥さんの言うことと金さんの言う目方に喰違いがあつたりする所から見ると知つていたと思います」云々と言うにありて其陳述曖昧にして措信の価値なし 又森下一の証言によるも記録四十一丁に、問 金在元に売つた電線の出所について君から金在元に何か話した事があるか。 答 直接盗品であると言う事を話したことはありません」、記録四十一丁裏に、問 金在元から何かいい物があれば持つて来いと言わたのは君はそれを盗んで持つて来いと言う意味に聞いたか。 答 いやそんな判断しません金さんの友達も古物商をしていますから鉄其他金物を持つて来いの意味と思いました」とありて此等の証言によるも被告人が賍物たるの情を知り居りしものと断定するには証拠不十分と言わざるべからず

(四)尤も被告人は警察及び副検事の取調べに対し犯罪事実を自認する如き供述あるも当時被告人は家庭、妻、子供の事などを考慮し買うたと言えば帰れると言われるたため無智無学なる被告人は其場の調べに迎合し心にもなきことを供述したるものにして今日になりて後悔し居る次第にして右供述書は事実に反す

(四)前科調書により又判決事実の冒頭に記載の如く被告人は昭和二十六年六月十三日賍物故買罪により懲役八月及罰金に処せられ体刑に付ては三年間執行猶予の判決を受け目下謹慎中なり従つて被告人は其後十分悔悟謹慎し再び犯罪を犯すことなき様其行動を注意し居れり 万一再び犯行ある時は前執行猶予を取消され二重の体刑に陥る次第にて此点より見るも被告人が再び本件の如き犯罪を敢行するの理由なし 此点より見るも被告人が本件犯罪を犯したるものと見るは事実の誤認なりと言わざるべからず

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